寂しそうな、しかし何処か怒っているようにも見えた。

そんな眼差しを向けたままが部屋の入り口から俺の方へと近づいてくる。






retrocession






パタンと閉まる扉の音が妙に室内で反響していた。
何となく様子が違うが心配でバッシュは椅子から立ち上がり彼女の元へと歩み寄る。


「何かあったのか?」

「・・・・・・・・」

「座って話しでも−」

「・・・・・」

・・?」

動かない相手を誘導させるため手を伸ばすと聞こえてきた呟き。




「−。。。」


聞き取れずの顔を見つめ返すと俯くように目線を下に落とす。

いつもよりゆっくりとした動作のは口を噤み、
今度はバッシュの手をとり自分の顔の傍に持ってゆく。

「―私の事」

「何だ?」

「叩いて」

「−な・・・」

俯いていた顔が徐々に上を向く。
さっきと変わらない瞳がバッシュを見つめる。



「お願い、頬でいいから」

「出来る訳が−」

「そんな事無い。出来るわ」

まるで棒読みのセリフのように淡々とした口調。

バッシュは眉を顰めながらの手を逆に掴んだ。

「悪いが俺は手を上げる事は決してしない。まして君になど」

「そういう意味じゃない。これはお願いなの」

「仮にそうだとしても」

「バッシュが痛い訳じゃないでしょ」

、俺が言いたいのは」

「それを知った上で頼んでいるの」

「君に叩かれる事があったとしても俺からする事はない」

「絶対に駄目って事・・・?」

「ああ」

「−・・・そう・・・」

曇ったの表情。
そして大きく息を吸い込み言葉と同時にそれを吐き出す。

「分かったわ。今言った事は忘れて」


バッシュの手を外しは身を翻し歩き出した。




「何処へ行く?」

グイと強く掴まれた二の腕。
強引に引き寄せられ対峙させられる。

「君は俺を頼ってここに来たんじゃないのか?」

「断ったのはバッシュじゃない」

「しかし」

「お願いを叶えてくれる人のところに行くわ」

「だからといって他の者に頼むなど」

「今の私には必要なの、だからお願いしたのに!」

「―

「!!」

バッシュの大きな掌が背中に回されるのを感じて
は拒絶するように相手の胸元を手で押した。

「や、、、ッ離して!」

「―それは出来ない」

「バッシュ!!」

「今にも泣きそうな君を他の男の所に行かせられると思うか?」

「―――-!?」

の体全体を包むような強い抱擁に言葉、そして呼吸すら止められてしまう。
目を瞼を強く瞑りこれ以上見っとも無い顔を見られまいとは背伸びをして
バッシュの肩に顎を乗せる。

「そんな表情をしていれば尚更無理な話だろう・・・?」

「・・・・・・・・」



抱きしめたままの姿勢でを持ち上げ椅子に向かって歩き出す。

「だから、、、叩いてって言ったのよ。そうしていればこんな面倒なことにならなかったのに・・・」

背中へと回された腕に力がこもる。

「ならば尚更だろう。抱きしめさせてもくれないつもりとはな・・」

「不本意。。。なのよ」

椅子に座らせるためか降ろそうとするバッシュの首元にはぎゅっとしがみつく。

「―・・」

「顔見せられないから、離れない」

拗ねた子供のような態度も自分だけに見せるものだと知っているからこそ、
小さく口元に笑みを浮かべの替わりにバッシュが椅子に腰を下ろした。

胸の中にいる相手の髪を優しく撫でながら優しく問いかける。

「どうしたんだ?」

「何ていうか。。。上手く言葉に出来ない。。の。。」

「そうか、、、」

「ごめんなさい。困らせて。。。」

「そんな事はない。君が俺を必要としていくれたのだからな」

「もうやめて。バッシュ」

「・・?」

「喋ら、、ない、で」

言葉が途切れてしまうのは喉の奥の方が熱いから。

それを引き起こしたのは傍に居てくれる人の存在。

だからこそ見せたくはない姿なのに―







荒れた心の波に溺れそうな私に拍車をかけるように彼の言葉が私を呑込む。

「大丈夫だ・・・・」


貴方の方が私よりもずっと大変な思いをしているはずなのに・・・・。
貴方の全てに満たされ、その強さと優しさは私を強く、そして弱くもさせる。

そう言って反則なまでの優しい抱擁と言葉、背を撫でる大きな手。
一瞬で凪へと変化し反対に歪んでゆく視界はまるで水の中のようで。


「・・・・バッシュ・・・・」

「―・・・ん?」

「・・・・・―。。」

聞えたかどうか分からない言葉、そして溢れ出した小さな雫は
彼の大きな背中にあっという間に姿を消した―――